2016年2月18日木曜日

職務発明制度の改正について

「発明Q&A」
Q:職務発明制度が改正され、法人である会社が職務発明について特許を受ける権利を原始取得できると聞きました。特許を受ける権利の帰属について詳しく教えてください。また、特許法上でも、著作権法上の法人著作と同様に、法人発明が認められるようになったのでしょうか。


A:
1.はじめに
(1)先ず、職務発明とは、その性質上、使用者等(会社)の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至つた行為がその使用者等における従業者等(発明者)の現在又は過去の職務に属するものです(特35条1項)。簡単にいえば、会社勤務の方なら、会社における自分の業務を行う際に完成された発明です。
 職務発明に関する特許法上の規定は第35条のみですが、特許出願される発明の殆どが職務発明である点に鑑みれば、使用者等と従業者等の利益を調整して発明を奨励する職務発明制度は、我が国の産業政策上、非常に重要です。
 職務発明に関する規定は、明治42年の特許法から設けられていましたが、明治42年の特許法では、職務発明に係る特許を受ける権利は、原則として使用者等に原始的に帰属させるという使用者主義が採用されていました。これに対して、職務発明に係る特許を受ける権利を発明者(従業者等)に原始的に帰属させる発明者主義を採用したのは、大正10年の特許法からであり、現行法もその流れを基本的に踏襲しています。
(2)ところが、平成28年4月1日に施行予定の特許法の一部改正(平成27年7月10日公布)により、職務発明に関する取扱いが変更になります。今回の主な変更点は、①職務発明に係る特許を受ける権利の帰属(特35条3項)、②従業者等が受ける相当の利益(特35条4項)、③その相当の利益を決定するための指針(ガイドライン)の提供(特35条6項)です。②と③の詳細は、特許庁のサイトに掲載されております指針案(https://www.jpo.go.jp/seido/shokumu/shokumu_guideline.htm)や各地で開催されている特許庁の説明会に譲り、ここでは①に特化して、特許を受ける権利の帰属について説明させて頂きます。



2.特許を受ける権利の帰属
(1)改正内容
 今回改正(新設)された特許法第35条第3項には、「従業者等がした職務発明については、契約、勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたときは、その特許を受ける権利は、その発生した時から当該使用者等に帰属する。」と規定されています。
 これにより会社側(使用者等)は、労働契約、就業規則等により、職務発明の完成前からあらかじめ従業者等に対して意思表示をしておけば、職務発明に係る特許を受ける権利は、従業者等が職務発明を完成させた瞬間から、従業者等への帰属を何ら経ることなく、最初から使用者等に帰属することになります。これを特許を受ける権利の原始取得といいます。
(2)基本的な考え方
 特許法には、特許を受ける権利に関する規定が多くありますが、職務発明に関する部分以外は、改正されていません。例えば、原則として、特許を受ける権利は、発明の完成と同時に発生し、産業上利用できる発明をした者、つまり発明者に原始的に帰属します(特29条1項柱書)。共同発明のように特許を受ける権利が共有に係るときは、各共有者(発明者)の同意を得なければ、自己の持分を譲渡できません(特33条3項)。また特許を受ける権利の承継は、出願が第三対抗要件であることも変わりません(特34条1項)。
 従いまして、実務上は兎も角、特許法上、特許を受ける権利に関する原則的な考え方は何ら変更されておらず、あくまでも、一定要件を満たす場合における職務発明に係る特許を受ける権利の帰属についてだけ、例外的な取扱いが可能になりました。
(3)法人発明
 今回の法改正では、企業等が職務発明に係る特許を受ける権利を原始取得可能になっただけであり、企業等が発明者となる、いわゆる法人発明が認められた訳ではありません。
 発明は技術的思想の創作(特2条1項)という精神的活動の成果であり自然人のみがなし得るものです。従って、自然人以外の法人や代理人等が発明者となることは、論理的にはあり得ません。また、特許を受ける権利も、発明という創作完成時に同時に発生するため、職務発明であっても、原則通り、自然人である発明者が原始取得すると考える方が論理的であり、自然人である発明者から分離した他者(企業等)が特許を受ける権利を原始取得すると考えは自然ではありません。
 しかし、特許法は産業立法であり、特に職務発明制度は使用者等と従業者等の利益調整により、発明を奨励し、産業の発達を図る制度です。この観点からすると、今回の法改正のように、職務発明に係る特許を受ける権利については、一定要件下で例外的に企業等の原始取得を認める方が、企業等の知財活動を迅速・的確に行う環境が整備され、却って、法目的に沿ったものとなります。また、企業等が原始取得できる特許を受ける権利は、発明者が本来取得する権利のうちで、譲渡対象となる財産権部分に過ぎず、特許証等に氏名が表示される人格権(名誉権)部分は、依然として自然人である発明者に一身専属しています。従って、職務発明に係る特許を受ける権利について、使用者等に原始取得を認めても、使用者等と従業者等の間で利益調整が図られる限り、問題はないといえます。
 ちなみに、著作権法上は、例外的に法人著作が認められています(著15条)。一見しますと、現行著作権法(昭和45年法)は現行特許法(昭和34年法)よりも後に立法されており、その保護対象は思想感情の創作的表現物(著作物)ですので、法人発明以上に、法人著作は認めるべきでないようにも考えられます。しかし、現在の著作権法は、コンピュータプログラム等も保護対象となっており(著10条1項9号)、そのような著作物の流通や利用の促進を図り、企業等が投資回収し易くすることも望まれます。また、特許法の登録主義(特66条1項)とは異なり、著作権法は創作主義(著17条2項)を採用しているため、権利の発生や権利者の探索等も困難という事情もあります。さらに、著作者人格権は強力であり、今回改正された職務発明制度のように、単に財産権である著作権のみを法人帰属させるだけでは、無意味な場合もあり得ます。
 従って、著作権法上は、一定の要件下で、法人(使用者等)であっても、著作権のみならず著作者人格権をも有する著作者となり得ることを認める必要性があり、著作権法では、いわゆる法人著作も認められています。



3.使用者等が特許を受ける権利を原始取得するメリット
 現行法上でも、労働契約、就業規則等の定めにより、職務発明の完成前からあらかじめ、その完成と同時に、その特許を受ける権利を使用者等へ承継させることは可能です(特35条2項反対解釈、大阪地判昭和54年5月18日)。
 しかし、現行法上、使用者等はあくまでも、原始取得者である発明者(従業者等)からの譲渡により、特許を受ける権利を取得することになるため、使用者等が出願を完了するまでの間、特許を受ける権利の帰属が不安定になるという問題が生じます。今回の法改正により、使用者等が特許を受ける権利を原始取得できれば、このような問題の根本的な解決が可能となります。
 具体的に説明しますと、使用者等とライセンス契約等の取引を行う第三者から観れば、その使用者等に確認することにより、職務発明に係る特許を受ける権利の帰属が、従業者等と使用者等のどちらにあるのか明確に認識することが可能となり、取引の安定性が高まります。
 また、使用者等が特許を受ける権利を原始取得できれば、共同開発している相手方企業等に属する従業者等の同意(特33条3 項)を得ることなく、共同発明者たる従業者等の権利の持分が使用者等に帰属することになり、共同発明に係る権利関係の処理を簡素化できます。
 さらに、使用者等が特許を受ける権利を原始取得できれば、発明者である従業者等本人が出願したり、その従業者等から特許を受ける権利を譲り受けた第三者が出願しても、その出願は特許を受ける権利を有していない無権利者による冒認出願であり、第三者対抗要件(特第34 条1 項)を備えることも特許になることもなく(特49 条1 項7 号)、いわゆる二重譲渡問題の発生を防止できます。
 このように、使用者等が職務発明に係る特許を受ける権利を原始取得できるようになった今回の法改正(特35条3項)は、企業等内における知財活動に非常に大きな意義を与えるものといえます。

特許業務法人SANSUI国際事務所 代表弁理士 森岡正往